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2007/09/15 (Sat) 12:38
映画鑑賞記

最近観た映画をまとめて


バッテリー バッテリー
林遣都 (2007/09/07)
角川エンタテインメント

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「投げろや、巧。ワシがぜんぶ受け止めちゃる」

孤高の天才野球少年・巧が、包容力豊かな剛と出会い、徐々に周囲に対して心を開いていく成長の記録。

最初に映画化の話を聞いたときは、「巧のイメージを具象化するのは難しいんじゃないかな」と思ったものだが、それを良い方向に裏切ってくれた。主演の林遣都くんに出会ったときに滝田カントクは映画の成功を確信した、と述べたそうだけど、うん、納得。イメージに合致してた。ストーリーの終盤に見せた表情は、快心の笑顔ではなくて、もっとクールな笑みであった方が良かったが、まあ映画の方は原作と違って、剛以外との人間関係も重視しているので、これはこれで納得できる。原作のファンにも原作を読んでいない人にも、楽しめる作品じゃないかなあ。これってなかなか難しいはずなんだけどね。良作。

おもしろいのは、天海祐希演じる母親。病弱な青波を徹底的に保護し、自分の意志で自由に振る舞う巧を憎み、非難する。その感覚は私には理解できないのだが、映画を観た女性に聞くと、「大半の女性は同じように行動してしまうんじゃないかな」とのこと。確かにウチの嫁さんもそうするだろうなと合点。女性はやっぱりありがたい存在だよなあ、と。


深呼吸の必要 深呼吸の必要
香里奈、谷原章介 他 (2005/01/28)
バンダイビジュアル

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トウキビの収穫の手伝いにそれぞれに心に傷を抱えた若者が沖縄の離島に集まるというお話。「非日常」=「深呼吸」として表現しているわけね。「深呼吸をしても状況はなにも変わらないけど、でもきっと楽しくなるから」。そゆこと。でも、このテのできすぎた青春話はチと苦手。


ナイト ミュージアム ナイト ミュージアム
洋画 (2007/08/03)
20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン

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うだつの上がらない父親が息子に失望を与えないため、自然史博物館の夜警の仕事に就いたのだが、夜になるとそこに展示されていた恐竜や人形に生命が宿るのだった…。

ベン・スティラー好きにはたまらない一作。馬鹿げた設定を心温まるヒューマンドラマに仕立て上げている。ご家族で是非どうぞ、な娯楽作。


それでもボクはやってない それでもボクはやってない
加瀬亮;瀬戸朝香;山本耕史;もたいまさこ;役所広司 (2007/08/10)
東宝

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痴漢冤罪を巡る騒動を描写しながら、現代の裁判制度に異議を唱える周防正行監督の最新作。「まず有罪ありき」の現行制度は、この国の制度を象徴しているし、それは私たちが属する社会を象徴しているとも言える。自分も疑わしきを罰していないだろうか、と心に問いかけ直さなくてはならない。それと同時に、本来、法というものは秩序を維持するための‘抑制’のためのシステムであって、この枠組みと生活そのものとは距離感があって然るべきなんだけど、だんだんその距離が狭まってるんだなと感じざるを得ない。『行列のできる〜』なんてのが高視聴率を上げる世の中はどこか違っていると思うけどね。


約三十の嘘 約三十の嘘
椎名桔平、中谷美紀 他 (2005/06/10)
角川エンタテインメント

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二流の詐欺グループがとりあえずの成功を収めて、その帰途の電車内で繰り広げる騙し合い化かし合い。このテの密室劇には傑作が多い。潜水艦モノが概ねアタリであるように、設定説明に要する時間が少なく、人間心理を描きやすいためであろう。が、この作品の出来は二流どころか三流のそれ。ミステリーとしての質は低く動機も曖昧。なにそれ、勝手にやってろ、な話。


天国の口、終りの楽園。 天国の口、終りの楽園。
ガエル・ガルシア・ベルナル、マリベル・ベルドゥ 他 (2003/03/28)
ナド・エンタテイメント

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メキシコ万歳!!ってのが、見終えてからの感想だったのだけど、徐々に来るね、コレ。しかしながら、その思索の果てに必ず壁にぶつかってしまう自分がいる。日本人は自らを律しすぎるのかもしれないが、それが不要なものではないように思える。しばらく経てから見直したい一作。

2007/09/13 (Thu) 15:48
安倍ヨリモ阿部

涙目の退陣会見を見て思ったのは、悪い人ではないんだろうけど、宰相の器ではなかったのだろうってこと。「どれほど悪い事例とされていることであっても、それがはじめられたそもそもの動機は善意によるものだった」というカエサルの言を思い出した。これが逆説的に指し示すのは、大事を司るにはそれ相応の能力がなければならない、ということ。

安倍ちゃんは「調整型」といわれたが、結局、意見の調整をしたのは政権内に対してだけで、国民の意を汲むことなく、「美しい国」づくりに邁進。その果ての職場放棄とも言える辞任劇。ブレーンに恵まれなかったこともあるのだろうけど、その経過を鑑みるに安倍ちゃんの能力不足を否定することは難しそうだ。そもそも、いつでも総理になれるはずの政界の御曹司が、問題山積逆風明らかな‘ポスト小泉’としてあえて首相になり、しかも傍目にも明らかだったその問題を認識していなかった(認識していても放置した)あたり、‘KY’というより、やっぱり頭が(以下、自主規制

今回の辞任劇はサプライズにはサプライズだけど、サッカーEURO2008予選でアウェイでフランスを破ったスコットランドが、伊仏両国を抑えて首位に…なんてニュースの方が衝撃度合いが大きいな。スコットランドは残り試合にウクライナ戦とイタリア戦を残しているけど、これが共に、いっとき伝説にまでなったスコットランドのホームゲーム。ケルトの熱狂を背に快挙を達成してしまうかもしれない。注目。

2007/09/04 (Tue) 13:38
コルくんの不思議な旅

六本木ヒルズの森美術館で催されている『ル・コルビュジェ展』に行って来た。展示されているのは、中期から後期にかけての作品の模型や映像、絵画、家具、車、スケッチなど。

コルビュジェ建築で私が好きな作品は、一にラ・トゥーレット修道院、二にロンシャンの礼拝堂、と最晩年のもの。‘住宅とは住むための機械である’という言葉に代表されるように、キャリアのほとんどをかけて合理的で近代的な建築や都市を模索し続けたコルビュジェが、その晩年に造形的な傑作を産み出したあたりがとても興味深い。妻・イヴォンヌとの「終の棲家」として建てたのは南仏の小さな村のレストランに増築した4坪余の住まいである。

コマーシャリズムが跳梁跋扈する中、地球規模での生産活動の縮小化が求められる現代社会において、建築家に求められる役割はほとんどない(少なくとも生産活動においては)。工業化が求められた時代にそこに身を捧げたコルビュジェは、魂の安息を求めてか、温かみのある建築に回帰した。現代の建築家たちは無用なはずの生産活動にしがみつき、己の存在意義を確立するために理論武装(いいわけ)している。この対比にこそ建築活動の本質が見いだせるのではないだろうか。ほんとうは建築家も晩年のコルビュジェや藤森照信のように自由に表現したいだけなんだろうにね。そういう意味合いで、「ル・コルビュジェ展」を六本木ヒルズでやるというのは森さんもスパイス効かせてるよな。表参道ヒルズでやればなお微笑ましいのだが、あそこには美術館はなかったっけか。笑

2007/09/04 (Tue) 11:45
悪の華

少年は、この世でいちばん大切なものが何かを知った。少女は、どうすれば人間の魂を奪えるかを知った。そのときから二人の白夜行が始まった…

白夜行 (集英社文庫) 白夜行 (集英社文庫)
東野 圭吾 (2002/05)
集英社

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今更ながら、東野圭吾『白夜行』を読んだのだけど、おもしろいね、コレ。

最初に読んだ『宿命』はあまりに陳腐だったので以来東野作品を敬遠してしまったのが間違いで、コレに出会うまでに時間がかかってしまった(ドラマには興味がないしな)。ようやく最近になっていくつかの東野作品を読んだのだが、傑作と云われた『手紙』ですら良いには良かったのだがどこかで聞いたことのあるナラティブの集積、という感覚は残ってはいた。読後感としては今回が抜きんでて良い。あー早く出会いたかったよ。以下、ネタバレなので、伏せておきます。

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2007/08/18 (Sat) 13:56
日々徒然

雑記。


■映画『リンダリンダリンダ』

リンダリンダリンダ リンダリンダリンダ
ペ・ドゥナ、前田亜季 他 (2006/02/22)
バップ

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香椎由宇とペ・ドゥナという好みの女優さん目当て(みーはー)に見たんだけど、意外と良作。『スウィングガールス』『ウォーターボーイズ』『フラガール』の系譜に連なるんだろうけど、フツウの青春って決して劇的ではなく淡々と流れる日常の中にほのかに煌めく光や熱情によって生成されるんだよなって点でもっとも共感できる作品。ブルーハーツという素材を含めてターゲットは私らの世代(30代前半)なんだな、きっと。


■書籍『渡邉恒雄 メディアと権力』


渡邉恒雄 メディアと権力 渡邉恒雄 メディアと権力
魚住 昭 (2000/06)
講談社

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稀代のマキアヴェリアン・ナベツネが粛正を重ねながら確固たる権力を手にするまで。著者が採り上げた野中広務もそうなんだけど、権力を巡るハンドリングに長けた者が志のある者を駆逐しながら出世の階段を駆け上がるさまはおぞましく絶望的である。部落差別の根絶に奔走した若き日の野中、主体性論を掲げ独善的な共産党主義者に楯突いた若き日のナベツネ…共に権力に魅せられその闘争に己が居場所を見出し、その志を廃らせてしまうのだ。なにより恐ろしいのは、ジャーナリズムに縁の遠いはずのナベツネが不可侵の大新聞社を牛耳っている点にある。このあたりを踏まえた上で読売新聞や中央公論社や日テレの論説を読み解くとメディア・リテラシーを鍛える上で面白い。それから、巨人の物量作戦がことごとく失敗に終わるのはナベツネが大して野球に関心がないからなんだなと。

「君主たる者は、その政体を保持するために、時に応じて信義に背き、慈悲心に背き、人間性に背く必要がある(君主論)」それができないから、私はゼネコン社員を辞めたんだな、と改めて感じる一冊だった。時としてマキアヴェリズムが必要なことはわかるのだが、規模の大きい政体においてそれを断行することは私にはできそうにないし、それを恐れる人間でありたいと思うのだ。


■朝青龍問題

この惑星の親は子を叱らない…ってことじゃないかなあ。知らないけど。


■JRA競馬開催中止

馬インフルエンザ感染拡大、ということで開催中止。週中では開催に前向きな話も出ていたのだが、専門医に言わせると「ありえない発言」だとか。問題が生じた際のパブリックコメントでその組織や責任者の質が明らかになるという様式は、原発事故やミートホープや東横インなんかでも観察できるのだが、相変わらずJRAは競馬を愛していないなってことが観察できる。それから、メイショウサムソンも感染したそうで残念。早々に現地入りして前哨戦から臨む、という好ましい臨戦過程だっただけにね。昨年3位入線(後に薬物使用で失格)したディープインパクトよりはロンシャンの芝に適正があったはずだし、関係者もさぞかし無念だろうな。

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