2007/08/09 (Thu) 20:14
ジョージ・オーウェルの世界

評判の『善き人のためのソナタ』を見た。

善き人のためのソナタ スタンダード・エディション 善き人のためのソナタ スタンダード・エディション
ガブリエル・ヤレド、ウルリッヒ・ミューエ 他 (2007/08/03)
アルバトロス

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原題‘Das Leben Der Anderen(The Life of Others)’とあるように、監視社会にあった冷戦下の東ドイツが舞台。レーニン主義やら毛沢東主義やらの支配体制は、秘密警察による徹底した監視体制と隣人間の密告を基に確立されている。前者で恐ろしいのは、‘国家’のために‘個’が存在している、という概念からなる個人の自由の制限と国家によるその管理。後者では、羨望やら嫉妬やら猜疑心やら人間の弱い部分を利用し個人を精神的に不具にすることで体制側が支配を容易にすること。そうした社会では権力者の力は絶対で、ゆえに腐敗が蔓延る。シュタージ(東独の秘密警察)の局員ヴィースラーは己が信条とする共産思想とその現実のギャップに悩み、監視相手である劇作家ドライマンの苦悩に共鳴する。

(以下、ネタバレありなので未見の方は読まないでください)

ドライマンは愛するクリスタの度重なる裏切りに心を痛めるが、芸術家がその表現手段を失うということがどのような意味を為すかについて、友人の自殺を持って熟知している。しかし、クリスタであれドライマンであれ愛し合う二人の人間としての弱さが連鎖し、その結果、最悪の事態へと転じていく。救いのない話である。支配されるというのはそういうこと。人は程度の違いはあれ、なにものかに支配されている。しかし、「支配されている」という実感はなかなか起きないはずだ。「生き甲斐を奪われる」「存在を否定される」そのとき初めて「支配」を実感する。それは絶望に他ならない。

一方のヴィースラーは、何のために組織を裏切り自らを罰したのか。そこに何の利もないはずだった。それもまた人間の弱さであり美徳なのであろう。最後に少しだけ報われたのが唯一の救いだった。とても重たい印象的な話。


ドライマン役の俳優さんはよく見るなあと思ったら、『ヒトラーの建築家』『飛ぶ教室』に出演していたセバスチャン・コッホでしたか。『ヒトラー…』のときより毛髪が増えているような気がしたんだが、まあどうでもいいですねそうですね。

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